渋谷の街歩きガイド

あらゆる商業施設が並び、交通の便も大変いい便利な街「渋谷」。このサイトでは回りきれない程の名所が並ぶ渋谷で、特に押さえておきたい有名スポットを紹介していきます。

渋谷区(しぶやく)とは東京の地名。東京23区の行政区のひとつ。

皇居を中心として東京の地図を見ると、秋葉原と反対の方向に存在する。若者の街という割には若くない人もいる。中高年の暇人も多く見られる。原始人の面影を強く残す「ギャル」「ギャル男」が集まりコミュニティーを形成している。そして東急が支配する街。街の中心には女子高生とコギャルと腐女子の聖地である109と呼ばれる、東急が延べ10万人の奴隷を酷使して建造した古墳がみられる。しかし西武の進出で、それと激しいガチンコ競争になった。秋葉原を2次元の聖地とするならば、渋谷は3次元の聖地といえるだろう。

地理

渋谷の駅はいろいろな路線が散在するので、乗り換えする際にはしっかりと熟知しないととんでもないことになる。JRや地下鉄、それに東急や京王、挙句の果てにはロープウェーなどもあって大変である。

渋谷の西は非常に賑わいを催しているが、東側は少し行くと、渋谷の賑わいややや寂しい感じがする。

南西部には南平台町という閑静な高級住宅地があるが、2012年に起こった某芸能人のスキャンダルによる取材合戦が起こり、地価が激減されてしまった。

秘密

この街を訪れるものは、必ず駅前にある犬の銅像の前で拝礼をしなければならない。この犬は、渋谷の知名度を全国区へ伸し上げたことで有名なハチ大公閣下である。たまに像の上に乗る輩がいるが、その後、秘密裏に抹殺されるので気をつけるべし。

夜になると路上でひそかに麻薬が取引されており、渋谷は日本の北朝鮮だとも評されている。

アニメオタクには入りがたいヤングの街の領域とされるが、西口から南に向かうと、アニメイトがあり、グッツ専門店、漫画専門店の二つがある。よく、アニメイトの出入り口の近くには学生がいるので、アニメオタクは入りにくい。さらに西口から北西にはまんだらけもあるが、これも後述のカラーギャングが跋扈する地域を通るためやはりアニメオタクは入りにくい。

近年は、道玄坂の均衡では「援助交際」や(カラーギャング達による)「婦女暴行」が横行している通報が多発しているのか、(地域住人をはじめ)東京都の全域では「警戒宣言」が出されているのが現状である。 (または、そこの地域への観光客に対する「警戒呼びかけ」も発動中)

歴史

ハチ大公閣下は政府の指令により、都から治安が悪化していた武蔵国の警備を任された。ハチ大公閣下は麻薬の売人やならず者や不法移民及びその他の犯 罪者を、のべ三万人も噛み殺すという手柄を立て、このあたりを領土として与えられた。ハチ大公閣下の武勇伝『パトラッシュよりイケてる俺』には「犯罪者は 生活が不摂生であったので、噛んでも美味しくなかった。渋い味がした」と書かれている。これが由来で「渋い谷」と名付けられた。しかしハチ大公閣下の死去 後、再び麻薬が蔓延をするようになっていて、問題になっている。また、家出をしてきたお年頃の子どもたちはハチ大公閣下に中指をつきたてることもあり、近 年、渋谷において不敬罪で逮捕される若者が増えてきている。

また近年、渋谷区恐妻家組合という組織が存在し、世のダメ夫たちに「俺より下の奴がいるじゃん」と主宰のムトーへの温かい禿げ増しが多い。

東京急行電鉄

東京急行電鉄(とうきょうきゅうこうでんてつ)は首都圏の大手私鉄ではなくマゾヒスト集団。東京都・神奈川県を中心とした鉄道事業、バス事業、百貨店事業、ホテル事業、リゾート事業、不動産事業など、その事業規模は永久に拡大し続けるであろう。一人の強盗が一代で巨大企業に育て上げたことでも有名。盗急と呼ばれる所以である。

東横線や田園都市線沿線は、日本でも有数の人気の街であること、日本でも有数の高所得者が住む沿線であること、また日本でも有数の祭りのメッカであること、さらには日本有数のクリスマスイルミネーションが盛んな見栄っ張り地帯でもある。これらのことからなんでも一番の一等級を略して等級(とうきゅう)と呼ばれ、転じて東急(とうきゅう)という略称を公式に使用することになった。近年はTOQ,109という略称を好んで用いている。

JR束と仲が悪いことが原因で、奴らの築いた城壁山手線の内側には路線を伸ばせないため(東急五反田駅は攻城櫓の残骸を再利用したものである)に、積極的に地下鉄との相互乗り入れを進めている。また、2007年から2008年にかけて腹いせなのかJRと定期券のシステムが違うことを理由にJRとの連絡定期券をぼったくった。

名称に東京とつくことから、しばしば田舎の方では敵視される。そのため首都圏以外での事業展開は命がけである。特に高知県ではそれが酷く、在住者及び出身者には「のぼるでんてつ」と呼ばれる。また、大阪のおばちゃんとは犬猿の仲として知られる。

東急の前身は目黒蒲田電鉄及び武蔵電気鉄道といい、同社の経営に五島慶太が入ってきたときは資金不足で着工に入れない状況であった。そのため阪神急行電鉄を率いていた小林一三の助言により、同社の手法を借りて沿線開発とセットで路線敷設を行う方針を採った。

これが成功し、目蒲線こと現在の東急目黒線と東急多摩川線を敷設して、続いて京浜間路線(現在の東急東横線)の着工に入った。この点、本当に郊外路線(阪急宝塚本線)に次いで都市間路線(阪急神戸本線)を引いた阪急の歴史と酷似しているのだが、田園調布に代表される高級住宅街の開発や、元官僚という政治力に物を言わせて学校を誘致するなどして乗客を増やし、いつの間にか東京西南部における私鉄ではトップクラスの実力を持つようになった。

そしてその資金力に物を言わせ、池上線の前身である池上電気鉄道を営業拡大の阻害となるとして乗っ取った後、路面電車の玉電こと玉川電気鉄道、更に地下鉄(現在の東京地下鉄銀座線)を運営していた東京地下鉄道などを次々と買収、「強盗慶太」・「盗急」などと彼及び東横が呼ばれる要因になった。

更に五島の事業拡大意欲は収まらず、小田急電鉄と京浜電気鉄道の事業をそれぞれ譲り受けたのを経緯に、戦時中で交通統制が推奨されていた事を武器に、京王電気軌道や相模鉄道までを合併・事業受諾するなどして、関東南西を完全な支配区域にした。社名はこの頃現在の東京急行電鉄となっている。正に「東急王国」・「大東急」の最盛期であった。

戦後、アメリカ合衆国の要請により大東急は五分割を強いられるが、今度は伊豆半島や航空事業(日本エアシステム…後に日本航空と統合)、北海道の事業へ乗り出して、複合会社として阪急・近鉄などと共に日本の経済の一翼を担う存在となった。なお阪急が東宝を持ったのと同じく、東映を保有していたこともあったが、二代目の五島昇の指導下でそれは解消されている。

一時期、蒲田から京急蒲田へ侵攻し羽田空港の攻略を試みたが、東京都の城南京浜分離政策により蒲田駅前に設置された大田区役所城壁に阻止され、失敗した。

鉄道路線

  • 東横線 - 都市間路線であるが、その規格の悪さが屡揶揄される。「隔駅停車」は有名。近年、ノンストップ列車が猛威を振るっている。
  • 田園都市線 - 沿線イメージは良いが、通勤ラッシュが余りにひどくスピードダウンを強いられた路線。将来はこのような姿になる事が既定事項となっている。エクストリーム・満員電車とエクストリーム・トレインサーフィンの常設開催地である。また、新型ノートパソコン開発に深く関与している。
  • 大井町線 - 東急各線を南北に横切る路線。田園都市線を救うため、急行が作られた。
  • 池上線 - 五島(強盗)慶太の最初の犠牲者。買収に抵抗した事が尾を引き、発展から取り残された。
  • 東急多摩川線 - 目蒲線の分割で、尻尾切りをさせられた路線。沿線住民は未だに目蒲線と呼んでいる。
  • 目黒線 - 目蒲線分割で、東横線のバイパスとして大出世。急行も走るようになった。西小山の出世伝説は有名。
  • こどもの国線 - もはや有名無実を地で行くような路線。
  • 世田谷線 - 路面電車の残滓を唯一残す路線。路上はほとんど走っていないが。
  • 伊豆線 - 東横線VS目黒線の抗争に巻き込まれて使用が困難になった車両がこの路線でリサイクルされている。大嫌いなしR東日本との便宜的協力のために子会社を装っている。終点下田駅名物駅長ペリーさんが有名。伊豆大島線経由を経由すれば東京からすべて東急路線を乗り継いでの移動も可能である。
  • 東急伊豆大島線 - 東京都内をくまなく網羅する路線網構築という慶太の野望のために開業した路線。伊豆線への連絡路線でもある。
  • 東急別所線 - 鎌倉に進出を図って開業した路線。しかし自社線と接続がないので瀬戸電の様な扱いを受けているばかりでなく、現実世界と仮想世界の境界線すらも曖昧になってしまっている。